垂仁天皇、狭穂彦王の叛乱、誉津別命

狭穂彦
垂仁天皇5年に妹の狭穂姫命に天皇暗殺を試みさせるが失敗。叛乱を興すものの、追い詰められ兄妹ともに稲城の中で自殺する。この「狭穂彦王の叛乱」は、『古事記』における最も物語性の高い記述とされる。

狭穂姫命。沙本毘売之命。佐波遅比売。
ワカヤマトネコヒコ(9代開花天皇) の御子ヒコヰマスの娘。
サホヒコ、タニハチヌシ、サホヒコ等の兄弟。
イクメイリヒコ(11代垂仁天皇) の1人目の内宮。ホンツワケの母。 
兄のサホヒコに、垂仁天皇を殺すようにと秘刀を渡されるが、隠し得ず露見。
燃える稲城の中で、兄サホヒコともども終わる。

狭穂姫命の子供
誉津別命。品津別命。
イクメイリヒコ(11代垂仁天皇) と内宮サホ姫の子。髭が生えるようになっても、物を言わず泣きちらしていた。飛ぶ鵠を見て初めて言葉を発したことに喜んだ垂仁天皇は、この鵠の捕獲をユカワタナに依頼する。ユカワタナは捕獲に成功し鳥取部の姓を賜る。

豊鍬入姫命。 誉津別命の叔母
ミマキイリヒコ(10代崇神天皇) とトオツアヒメクハシ姫の娘。
天照大神の初代斎宮。
崇神天皇の命でアマテルの神霊 (八咫鏡) をヨサのカサヌヒに祭るが、疫病で民が半ば死ぬという事態になり、二年後にまた宮を遷している。国が治まった後、姫は一旦ササハタ宮に帰るが、アマテル神の告げにより、アマテル神の形見を頂いて近江・美濃を巡り、イセのタカ宮へと鎮座の地を求めて放浪した。イセタカ宮でヤマト姫に御杖代(斎宮)の役を譲る。

古事記

穂毘売は垂仁天皇の皇后となっていた。ところがある日、兄の狭穂毘古に「お前は夫と私どちらが愛おしいか」と尋ねられて「兄のほうが愛おしい」と答えたところ、短刀を渡され天皇を暗殺するように言われる。

妻を心から愛している天皇は何の疑問も抱かず姫の膝枕で眠りにつき、姫は三度短刀を振りかざすが夫不憫さに耐えられず涙をこぼしてしまう。目が覚めた天皇から、夢の中で「錦色の小蛇が私の首に巻きつき、佐保の方角から雨雲が起こり私の頬に雨がかかった。」これはどういう意味だろうと言われ、狭穂毘売は暗殺未遂の顛末を述べた後兄の元へ逃れてしまった。

反逆者は討伐せねばならないが、天皇は姫を深く愛しており、姫の腹には天皇の子がすくすくと育っていた。姫も息子を道連れにするのが忍びなく天皇に息子を引き取るように頼んだ。

天皇は敏捷な兵士を差し向けて息子を渡しに来た姫を奪還させようとするが、姫の決意は固かった。髪は剃りあげて鬘にし腕輪の糸は切り目を入れてあり衣装も酒で腐らせて兵士が触れるそばから破けてしまったため姫の奪還は叶わない。天皇が「この子の名はどうしたらよいか」と尋ねると、姫は「火の中で産んだのですから、名は本牟智和気御子とつけたらよいでしょう」と申し上げた。また天皇が「お前が結んだ下紐は、誰が解いてくれるのか」と尋ねると、姫は「旦波比古多多須美知能宇斯王に兄比売と弟比売という姉妹がいます。彼女らは忠誠な民です。故に二人をお召しになるのがよいでしょう」と申し上げた。そうして炎に包まれた稲城の中で、狭穂毘売は兄に殉じてしまった。

佐波加刀神社。
滋賀県伊香郡木之本町川合。
祭神:日子坐王、大俣王、小俣王、志夫美宿禰王、沙本毘古王、袁邪本王、佐波遲比賣王、室毘古王。

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