松浦の志々伎神社、十城別命

志々伎神社 (長崎県平戸市)
神功皇后の三韓征伐に軍大将として参加した日本武尊の御子・十城別命を祀る

式内社 肥前國松浦郡 志々伎神社
御祭神
十城別命(日本武尊の御子) 鴨一隼 七郎氏廣
長崎県平戸市の南端、野子町にある。

上宮・中宮・下宮・沖都宮の四社によって構成されている。

沖都宮は、19号線の突き当たり、宮之浦の港から100m程の小島にある。
現在は、港の左側から防波堤で繋がっており、歩いて渡ることが出来る。
島全体が前方後円墳の形で、社殿後方が祭神の陵墓と云われており、
禁足の聖地だったようだ。

下宮は、宮之浦港の左手の山、「ひもろぎの山」の麓にあり、
本来の当社の中心であったが、現在の中心は中宮である。
「邊都宮」「地の宮」とも呼ばれ、倉庫・武器庫の名残とされている。

中宮は、野子町の中心、志々山の中腹にある。
19号線から山中へ続く道を進み、阿弥陀寺脇に入口の鳥居。
そこから登りの参道が数百mつづく。現在の当社の中心。

上宮は、志々伎山(347m)の山頂にあり、石祠がある。
中宮参道からさらに、山中へ入る。

式内社・志々伎神社に比定される古社。

景行天皇の筑紫巡幸の際に、宮之浦の「志式島行宮」に滞在し、
大値加・小値賀という賊を退治したとある。(風土記では大近の大耳・小近の垂耳という土蜘蛛)

祭神の十城別命は、日本武尊の御子であり、仲哀天皇の弟。
神功皇后の三韓征伐に軍大将として参加し、凱旋後は、警備のため、当地に駐留した。
別名・松浦明神。

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穴戸武媛。 
吉備武彦の娘。 
ヤマトタケの内妻。 タケミコ・トキワケの母。

十城別王。 
ヤマトタケとアナトタケ姫の第2子。
『書記・旧事』十城別王(とおきわけのみこ)。伊予別君らの祖。
岡山県真備郡真備町妹字諏訪下、穴門山 (アナトヤマ) 神社。

武卵王。
ヤマトタケとアナトタケ姫の第1子。
愛知県宝飯郡音羽町大字赤坂字宮路、宮道天 (ミヤヂテン) 神社。
『書記』武卵(たけかいご)王。 讃岐綾氏の祖。
『旧事』武卵王(たけかいこのみこ)。讃岐綾君らの祖。

武養蚕命。健貝児王。武殻王。
ヤマトタケとオトタチバナ姫の第4子。
『旧事』武養蚕命(たけこがいのみこと)。波多臣らの祖。
タケミコとの混同が激しい。

忍山。忍山宿禰。 
=ホツミテシか。穂積氏の祖。ムメ大宮の祝人の穂積のオシ大人の後裔だと思われる。 
夫のタジマモリを失ったハナタチバナ姫を娶る。オトタチバナ姫の養父。タジマモリに容姿が似ていたと言う。
ヤマトタケの東征に先駆け、オトタチバナ姫 (タジマモリの娘) とサクラネマシ (桜根左近) と共にサガムのオノの城に遣わされる。

稲日大郎姫。 
キビツヒコの娘。 
景行天皇の内宮。ヲウスとオウスの母。
キビタケヒコ・ハリマタケヒコとは、おそらく兄妹。
滋賀県大津市神領、建部 (タケベ) 神社。