令制国一覧、四国

南海道
紀伊国 きい(紀州)
淡路国 あわじ/あはぢ(淡州)
延喜式内社
『延喜式神名帳』には、大社2座2社・小社11座11社の計13座13社が記載されている。大社2社は以下に示すもので、いずれも名神大社である。
津名郡 淡路伊佐奈伎神社 (現 伊弉諾神宮、淡路市多賀)
三原郡 大和大国魂神社 (南あわじ市榎列上幡多)
総社・一宮以下
総社:総社十一明神社 (南あわじ市十一カ所) – 名神大社2社以外の式内社11社の祭神が祀られている。
一宮:伊弉諾神宮
二宮:大和大国魂神社


津名郡
淡路伊佐奈伎神社 -イサナキノ 名神大 伊弉諾神宮 兵庫県淡路市 淡路国一宮 [1]
伊勢久留麻神社 イセクルマノ 小
石屋神社 イハヤノ 小
築狭神社 ツキサノ 小
賀茂神社 カモノ 小
由良湊神社 ユラノミナトノ 小
志筑神社 シチクノ 小
岸河神社 キシカハノ 小
河上神社 カハカミノ 小

三原郡
三原郡 4座(大1座・小3座) 表・話・編・歴
笶原神社 ヤハラノ 小
湊口神社 ミナクチノ
ミナトクチノ 小
大和大国魂神社 -クニタマノ 名神大 大和大国魂神社 兵庫県南あわじ市 淡路国二宮 [1]
久度神社 クトノ 小

阿波国 あわ/あは(阿州)

讃岐国 さぬき(讃州)

7世紀に、現在の香川県の四国本土部分とおそらく塩飽諸島を範囲として成立した。江戸時代に小豆島と直島諸島が備前国から譲られた。

延喜式内社
『延喜式神名帳』には、大社3座3社・小社21座の計24座が記載されている(「讃岐国の式内社一覧」参照)。大社3社は以下に示すもので、いずれも名神大社である。
香川郡 田村神社
比定社:田村神社 (高松市一宮町)
阿野郡 城山神社
比定社:城山神社 (坂出市府中町、位置)
苅田郡 粟井神社
比定社:粟井神社 (dm、位置)
総社・一宮以下
『中世諸国一宮制の基礎的研究』に基づく一宮以下の一覧[4]。
総社:総社神社 (坂出市林田町、位置)
一宮:田村神社 (高松市一宮町、位置)
二宮:大水上神社 (三豊市高瀬町、位置)
三宮以下は不詳[5]。一説に、多和神社(さぬき市志度、位置)では讃岐国三宮であると伝える。


大内郡 – 引田・白鳥・入野・与泰(与田)
寒川郡
小豆郡(かつて備前国に属していたが、宝永年間には讃岐国に編入されていた)
三木郡
山田郡
香川郡
阿野郡
鵜足郡
那珂郡
多度郡
三野郡
豊田郡(かつての刈田郡、『伊呂波字類抄』に国元では「豊田という」とみえる。)
『和名抄』には、小豆郡を抜いた11郡(刈田郡含む)が掲げられている。

讃岐守
大伴犬養(従四位下):760年頃
藤原楓麻呂(従四位上):宝亀2年(771年)5月14日任官
藤原継彦(従五位上):延暦24年(805年)10月4日任官
春原五百枝(従四位上):大同2年(807年)8月26日任官
多入鹿(従四位下):弘仁元年(810年)9月10日任官
春原五百枝(従四位上):弘仁元年(810年)9月18日任官
藤原友人(従五位下):弘仁2年(811年)5月14日任官
滋野貞主(従四位上):承和8年(841年)1月7日任官
正躬王(従四位上):承和12年(845年)1月11日任官
藤原長良(従四位上):承和13年(846年)9月13日任官
弘宗王(従五位上):仁寿2年(852年)2月任官
伴義男(従四位下・参議):仁寿4年(854年)1月16日(854年)- 斉衡4年(857年)1月

空海(くうかい、宝亀5年(774年) – 承和2年3月21日 (旧暦)(835年4月22日)

伊予国 いよ(予州)

延喜式内社
『延喜式神名帳』には、大社7座・小社17座の計24座が記載されている。大社7社は以下に示すもので、全て名神大社である。
宇摩郡 村山神社(四国中央市)
新居郡 伊曽乃神社(西条市)
越智郡 大山積神社(現: 大山祇神社、今治市)多伎神社(今治市)
野間郡 野間神社(今治市)
温泉郡 阿治美神社 – 松山市味酒町と平田町に論社2社(「阿沼美神社」参照)
伊予郡 伊予神社 – 論社3社。伊予神社(伊予郡松前町)、伊予神社(伊予市)、伊予豆比古命神社(松山市)に比定
総社・一宮以下
総社: 不詳 – 伊加奈志神社(今治市)、大山祇神社境内社「伊予国総社」と推定
一宮: 大山祇神社
二宮以下は不詳。

貞観8年から明治11年までの千年にわたり以下の14郡であった。

宇摩郡 – 山田・山口・津根・御井(みい、近井(ちかい))・余戸(あまるべ)
新居郡 – 新居・丹上(井上(いのへ))・嶋山・花(立花)・加茂・神部
はじめ神野郡といった。大同4年9月22日(809年11月3日)、同年4月13日(809年5月30日)に即位した嵯峨天皇の諱と郡名とが同じであったため、上諱を避けて新居郡と改めた。
周敷郡 – 田野・池田・井出・吉田・石井・神戸・余戸
1897年(明治30年)4月1日、廃する。周桑郡の一部となる。
桑村郡 – 籠田(こた)・御井・津宮(つのみや)
1897年(明治30年)4月1日、廃する。周桑郡の一部となる。
越智郡 – 朝倉・高市(たけち)・桜井・新屋(にひや)・拝志(はやし)・給理(こほり)・高橋・鴨部・日吉・立花
1897年(明治30年)4月1日、廃する。越智郡の一部となる。
野間郡 – 宅万・英多(あがた)・大井・賞多(さがた)・神戸
1897年(明治30年)4月1日、廃する。越智郡の一部となる。
風早郡 – 栗井・河野・高田・難波・那賀
1897年(明治30年)4月1日、廃する。温泉郡の一部となる。
和気郡 – 高尾・吉原・姫原・大内
1897年(明治30年)4月1日、廃する。温泉郡の一部となる。
温泉郡 – 桑原・埴生(はぶ)・立花・井上(いのへ)・味酒(まさけ)
1889年(明治22年)12月15日、温泉郡の一部が松山市となる。
1897年(明治30年)4月1日、温泉郡を廃する。温泉郡の一部となる。
久米郡 – 天山・吉井・石井・神戸・余戸
1897年(明治30年)4月1日、廃する。温泉郡の一部となる。
浮穴郡 – 井門(いど)・拝志・荏原(えばら)・出部(いづべ)
1878年(明治11年)12月16日、上浮穴郡と下浮穴郡を編制する。
1897年(明治30年)4月1日、下浮穴郡を廃する。温泉郡と伊豫郡の各一部となる。
伊予郡 – 神前(かむざき)・吾川(あがわ)・石田・岡田・神戸・余戸
1897年(明治30年)4月1日、廃する。温泉郡と伊豫郡の各一部となる。
喜多郡 – 矢野・久米・新屋
貞観8年11月8日(866年12月18日)、宇和郡を割いて郡を置く。
宇和郡 – 石野(いはの)・石城(いはき)・三間(三門)・立間(立門)
1878年(明治11年)12月16日、西宇和郡、東宇和郡、北宇和郡、南宇和郡を編制する。

土佐国 とさ(土州)