歴史

  • 日本書紀の推古天皇10年(602)10月の条
    • 「百済僧・観勒が暦本・天文・遁甲・方術書をもたらし、陽胡史玉陳(やこのふびとのおやたまふる)に暦法を、大友村主高聡に天文・遁甲を、山背臣日立に方術をそれぞれ学ばせた。」
  • 当時:推古天皇の摂政として政を司っていた聖徳太子
  • 山背の秦河勝:ブレイン
    • 「ウズマサ」という名は雄略天皇の時代に当時の秦氏族長・秦酒公が絹を献上して、「宇豆麻佐」の姓を賜ったことに始まり、秦氏の族長を意味する言葉となり、そこから太秦とは「秦氏の族長が住む土地」を意味するようになったのです。

天武

  • 天武天皇は「陰陽」を政治の中に組み込んだ。「陰陽寮」を作り、そこに属する役人以外は「陰陽」を学ぶことも使うことも禁止。
    • 「陰陽寮」の人数は、陰陽頭が1人、その下に、陰陽助・権助・大允・少允・大属・少属が各1人ずつ。「陰陽」の教育を主な職務とする陰陽博士が1名、その博士について「陰陽」を学ぶ生徒である「陰陽生」が10名。この他に別枠で占いを専門に行う陰陽師が6名。暦作りと暦に関しての教育を担当する、暦博士が1名、暦作りを学ぶ暦生が10名。天文観測を行い、それに関して教えもする天文博士が1名、天文観測の技術や知識を学ぶ、天文生が10名。時刻を司る漏刻博士が1名、時計を管理する守辰丁が20名。その他雑用係りの使部が20名と直丁が2名。

阿部氏と賀茂氏

  • 安部晴明の死後、陰陽道は安部家とかも家で世襲する形。安部家は南北朝の北朝の至徳元年(1384年)安部有世の時に土御門家と姓を変えながらも陰陽道にたずさわる家として現在まで続く。賀茂家は永禄8年(1565年)賀茂在富の病没後跡継ぎがなかったことが原因でいったん廃絶してしまい、これ以後土御門家は天文の術の他に、賀茂家が受け継いでいた暦の術をも受け継ぐ。

8方位

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九字の真言

  • 九字の真言:富樫と弁慶の問答
    • 「九字の大事は深秘にして、語り難き事なれども、疑念を晴らさんその為に、説き聞かせ申すべし。それ九字の真言といつぱ、所謂、臨兵闘者皆陣列在前の九字なり。 将に切らんとなす時は、ただしく立って歯を叩くこと三十六度、先づ右の大指を以って四縦を描き、後に五横を書く。 その時、急々如律令と呪する時は、あらゆる五陰鬼、煩悩鬼、まった悪魔外道死霊生霊、立ちどころに亡ぶること、霜に熱湯を注ぐが如し。 実に元品の無明を切るの大利剣、莫耶が剣もなんぞ如かん。 武門にとって呪を切らば、敵に勝つこと疑いなし。 まだこの外にも修験の道、疑ひあらば、尋ねに応じ答へ申さん。 その徳、広大無量なり。 肝にゑりつけ、人にな語りそ、あなかしこあなかしこ。 大日本の神祇諸仏菩薩も照覧あれ、百拝稽首、畏み畏み謹んで申すと云々、斯くの通り・・・」

 正五角形

  • OCの中点Mを中心とする半径1の円を描く。この円と線分AMとの交点をPとする。 このとき、 AP=-1  である。 そこで、点Aを中心とし、APを半径とする円弧を描き、円Oとの交点を、Q1、Q2 とする。あとは、線分AQ1 の長さで、円Oの周上を均等に分割し、点Q3、Q4、Q5、Q6、Q7、Q8を目盛ればよい。そして、一つ飛びに点を結んでいくと、正5角形を作図することができる。
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 螺旋と成長

  • 元金A、利率X,期間Tとして、各瞬間に利息を元金に繰入れる複利計算の元利合計はy=Aexp(x*t)で与えられる。 exp(x)=lim(1+X/n)**n
    • y=Aexp(x*t)は、xy平面状の螺旋図形である。
  • e (指数)は
    • e=lim(1+1/n)**n=2.7182818284・・
    • 元金1利率100%で、連続的に複利を払って、1年後の元利合計 である。
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  • 正5角形の同じ頂点を通らない2本の対角線は互に他を黄金分割する。黄金比は1:0.68

五行


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Last-modified: 2012-08-18 (土) 11:21:00 (2256d)