近江の御上神社と凡河内氏

December 2018 編集されました カテゴリ: 古代氏族
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凡河内氏(おうしこうちうじ)は主に畿内を中心として勢力があった古代豪族。凡河内忌寸、凡川内国造、河内国造とも書…

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コメント

  •  御上神社 
    滋賀県野洲郡野洲町 三上。
    神体山である三上山の麓に位置する。 旧官幣中社(現、別表神社)。祭神は天津彦 根命の御子であり、国土開拓の祖と伝える 天之御影命を祀る。創建は孝霊天皇の御 代に三上山山頂に出現したのを御上の祖が 祀ったのが始まりと伝えられる。のちに山 頂より現在地に移し社殿を造営した。古く から我が国鍛冶の祖神と崇められ、浄火守 護の神、すなわち日本第二忌火神として崇 敬されている。『新抄格勅符抄』に近江の 地二戸を賜っている。『三代実録』の貞観 元年(八五九)に従五位上を授け、同七年に 正四位下を授け、同一七年には従三位に叙 せられている。また、『延喜式神名帳』の 名神大社に列している。天延二年(九七四) に勅願所となった。武士の崇敬が殊に篤く、 源頼朝が建久元年(一一九〇)に、足利尊氏が 建武三年(一三三六)に、豊臣秀吉が天正一四 年(五八六)にそれぞれ社頒を寄進している。 また、熹禎三年(一二三七)六角泰綱が社頭を 修理し、文安二年(一四四五)佐々木政頼が社 殿を修理したのをはじめ、しばしば改造修 理が行われている。例祭は五月と一〇月の 一四日で、一〇月の祭礼を「そうもく」と もいい、相撲の字をあてている。本殿は入 母屋造り神社建築の代表例とされるもので あり、縁柱の礎石に蓮弁を彫り、外観は一 見して仏堂のような感じを与える。鎌倉時 代の建築で国宝である。拝殿は入母屋造り で四方吹き抜けとなっている。楼門は二層 で、入母屋造りで弘安三年(一二八〇)の墨書 が残されている。摂社の若宮神社本殿も一 間社流造りで、ともに重要文化財に指定さ れている。宝物のうち木造狛犬一対も重要 文化財に指定されている。
    -『神社辞典』-
  • 御上神社 近江三ノ宮
    御祭神・天之御影神が孝霊天皇六年、三上山に降臨され、その後、御上祝によって三上山を磐境として祀られたという。つまり、社殿を持たず、神奈備山を祀る古代の信仰形態が本来の形。

    当社の祭祀氏族は野洲郡一帯に君臨した安国造。御上祝もその一族だと言われている。

    境内社
    本殿左の若宮神社(伊弉諾尊 菅原道眞公 配祀 天石戸別命 天御鉾命 野槌之命)、
    本殿右の三宮神社(瓊瓊杵尊)、
    その隣の大神宮社(天照大神)、
    楼門の外には、御鍵取神社(天津彦根命 猿田彦命)と
    愛宕神社(火産靈神)。他に竃殿神社(火産靈神)がある。

    神紋は違い釘抜。野洲の古代豪族三上氏(御上氏)の家紋。
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