讃岐の郡域

03/20編集されました カテゴリ: 讃岐・阿波・伊予
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  • 聖通寺城(しょうつうじじょう)は、香川県綾歌郡宇多津町坂下・平山にある、善通寺山にある山城で標高122m、比高120mと、瀬戸内海を望める立地となっています。
    岡山県から瀬戸中央自動車道の瀬戸大橋にて四国に入ると、前方に見えて来る山が聖通寺城となります。
    宇多津城と言う別名で呼ばれることも多く、宇多津を納めた奈良太郎左衛門元安(奈良元安)が、応仁年間ごろ(1467年~1469年)に築城したとされています。

    この奈良氏の出自は、成田氏流ともされる武蔵国大里郡奈良と言う事ですが、応仁の乱となると奈良元政が細川勝元に属し、1362年の高屋の戦いにて戦功を挙げたため、この讃岐の鵜足郡と那珂郡の2郡が与えられました。
    奈良元政は、香川元明・香西元資・安富盛長とともに「細川京兆家の四天王」と称されます。
    そして、宇多津城を本拠としたようですが、西の麓に聖通寺があることから、聖通寺山宇多津城とも呼びます。
    また。宇多津では、塩飽水軍を支配下に収めていたようです。

    1582年、織田信長が本能寺の変で殺害されると、土佐を統一した長宗我部元親は、1万2000の軍勢にて聖通寺城を攻めています。
    勢力が衰え、2村程度の領地となっていた奈良元政(奈良太郎左衛門元安)は、戦うことなく聖通寺城を捨て250の兵を引き連れて阿波に入り、勝瑞城の十河存保を頼りました。
    その後、1582年8月28日、中富川の戦いで、十河存保らと長曾我部軍を迎え撃ちますが、奈良元政は討死したとされます。
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