六人部、土と石の氏族

「丹波国天田郡六部郷」
「和名抄」に記載の丹波国天田郡には、六部(むとべ)郷、土師(はじ)郷、宗部(そがべ)郷、雀部(さざきべ)郷、・・・とあり、古代丹波国天田郡は現代流に言うと人材派遣の宝庫かとも見まごうばかりだ。「和名抄」のできた頃と思われる承平年間(931年 – 938年)にこれらの部民制度の痕跡があったとは考えづらいが、これらの六部(むとべ)とか土師(はじ)とか宗部(そがべ)とか雀部(さざきべ)とかの部の民は古墳築造に関係したのではないか。宗部(そがべ)も一見蘇我氏の部民と思われがちであるが、蘇我馬子の墓と言われる巨大石室の「石舞台古墳」があり、意外と蘇我氏は古墳築造に関わっていたのかも知れない。また、付近の様子は「土師、前田、土(つち)周辺には古墳が多く、前田の宝蔵山(ほうぞうやま)古墳からは郡内では珍しい精巧な甕棺が出土」とある。なお、「六部」の遺称地は昭和30年4月1日に福知山市に合併されるまで、上六人部村、中六人部村、下六人部村として存続した。

★「新撰姓氏録」からみた「六人部」氏

「新撰姓氏録」には以下のごとく記載されている。六人部氏の様子を明らかにするため前後関係の氏も抜粋した。

右京 神別 天孫 尾張連  連   火明命五世孫武礪目命之後也
右京 神別 天孫 伊与部       同上
右京 神別 天孫 六人部       同上

山城国 神別 天孫 土師宿祢 宿祢   天穂日命十四世孫野見宿祢之後也
山城国 神別 天孫 出雲臣   臣    同神子天日名鳥命之後也
山城国 神別 天孫 出雲臣   臣    同天穂日命之後也
山城国 神別 天孫 尾張連   連    火明命子天香山命之後也
山城国 神別 天孫 六人部連 連   火明命之後也
山城国 神別 天孫 伊福部         同上
山城国 神別 天孫 石作         同上
山城国 神別 天孫 水主直   直   同上
山城国 神別 天孫 三富部       同上

摂津国 神別 天孫 津守宿祢 宿祢     尾張宿祢同祖火明命八世孫大御日足尼之後也
摂津国 神別 天孫 六人部連 連       同神五世孫建刀米命之後也
摂津国 神別 天孫 石作連  連       同神六世孫武椀根命之後也
摂津国 神別 天孫 蝮部             同神十一世孫蝮王部犬手之後也
摂津国 神別 天孫 刑部首  首       同神十七世孫屋主宿祢之後也
摂津国 神別 天孫 津守            火明命之後也

和泉国 諸蕃 百済 百済公   公      出自百済国酒王也
和泉国 諸蕃 百済 六人部連 連      百済公同祖酒王之後也
和泉国 諸蕃 百済 錦部連   連      三善宿祢同祖
和泉国 諸蕃 百済 信太首   首       百済国人百千之後也
和泉国 諸蕃 百済 取石造   造       出自百済国人阿麻意弥也

以上を概括してみてみると、六人部氏の周りには土木石材工事を職掌とする氏族が多く、当時の最大の公共事業と言えば古墳築造になろうかと思われるので、何らかの古墳築造業務に関わっていたと思われる。
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コメント

  • 六部郷は、「和名抄」丹波国天田郡十郷の1つ。高山寺本・刊本とも訓を欠く。六人部氏の居住地であろうとされる。郷名として六部が見えるのは当地だけである。
    向日神社の宮司であった六人部是香という国学者、坂本龍馬を何度もかくまったという尊皇攘夷派の人が知られるが、六人部氏は古代氏族で、ムトベ・ムトリベ、同族に三富部(ミトベ)がある。六人部(身人部)の氏名は、部としての六人部、もしくはその伴造氏族であったことにもとづくという。連姓・無姓の氏族もあり、諸国に分布する。
    『新撰姓氏録』山城国神別に「六人部連。火明命之後也」、「伊福部。同上」「石作。同上」「三富部。同上」
    河内国神別に「身人部連。火明命之後也」
    摂津国神別に「六人部連。同神五世孫建刀米命之後也」
    無姓の六人部氏は、『新撰姓氏録』右京神別下に「六人部。同上(火明命五世孫武礪目命之後也)」とみえる、ほかにも美濃・伊勢・越前・紀伊・讃岐の諸国にも、その存在が知られるという。
    「建刀米命」=「武礪目命」は丹後海部氏系図にはない、天忍人命の子で早く分かれた別系統になるようであるが、古くを言えば火明命系尾張氏一族同士ということになる。大きく言えば葛城系氏族の裔で、近くの宗部や雀部とは近い関係になる。
    川上の旧三和町菟原下鎮座の梅田神社は、中央に紀氏の先祖と春日大明神、左側に恵美須大明神(西宮大明神)を祀っている。三和町から峠を越えた兵庫県南丹地区にかけては、紀氏の祖先を祀る梅田神社の信仰が厚いと言われるが、この紀氏も葛城氏と古くからの同族である。

    これらとは別に、和泉国諸蕃に「六人部連。百済公同祖。酒王之後也」とあり、渡来系の六人部氏も見られる。
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