高市、河俣神社、忌部山、天太玉

June 2016 編集されました カテゴリ: 一般/歴史書

image高市、河俣神社、忌部山、天太玉

近つ神奈備 古くは神奈備を直接に拝礼していたのであるが(今もそうして構わないのだが)、後世、神奈備を神体山とし…

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コメント

  • 淡路国(淡路島)は明治時代から兵庫県に編入されているが、それ以前は阿波国(徳島県)と共に徳島藩に属していた。淡路は古代から阿波との繋がりが深い。
     兵庫県淡路市黒谷の五斗長垣内遺跡(ごっさかいといせき)と阿波国の鍛冶工房群は、水銀朱を瀬戸内海航路の交易品として筑紫から鉄素材を購入していた。

     五斗長垣内遺跡が西暦200年頃で終わると、鉄器が少なかった大和では鉄器の使用が急に増えてくる。そして古墳時代に入り大規模な古墳が築造されるようになる。これは五斗長垣内遺跡の大規模鍛冶工房の職人たちが大和に移住したのが原因ではないかと云われている。
     私見ですが、西暦185年頃に饒速日が大部隊を率いて筑紫から大和に東遷する途中に、五斗長垣内遺跡の大規模鍛冶工房の職人たちも一緒に連れて行ったのではないでしょうか。

     徳島県鳴門市大麻町萩原で発見された萩原一号墓(220年頃)と二号墓(200年頃)の埋葬施設の造り方は「石囲い木槨の積み石墓」で、奈良県桜井市のホケノ山古墳(250年頃)とよく似ている。
     萩原一号墓と二号墓の築造時期は五斗長垣内遺跡の住民が消える時期で、阿波国那賀郡の水銀朱生産が終わる時期になる。
  • 讃岐忌部氏の本拠地は讃岐国(香川県)、祖神は手置帆負命(たおきほおいのみこと)。上棟式の祭神。矛竿を朝廷に納める。
     紀伊忌部氏の本拠地は紀伊国名草郡(和歌山県)、生業は林業と建築。祖神は彦狭知命(ひこさしりのみこと)。上棟式の祭神。
     伊勢忌部氏の本拠地は伊勢国員弁郡(いなべぐん、三重県)、祖神は天目一箇命。
     筑紫忌部氏の祖神も天目一箇命。古語拾遺によると天目一箇命は天津彦根命の子。
     出雲忌部氏の本拠地は出雲国(松江市東忌部町、西忌部町)、生業は玉造り。祖神は櫛明玉命。
  • 忌部氏は大和朝廷では中臣氏と並んで宮中の祭祀を執り行っていた。そして阿波忌部の伝統を引き継ぎ水銀朱の生産にも携わっていた。忌部氏の本拠地は天太玉命神社の鎮座する大和国高市郡忌部(現在は奈良県橿原市忌部町)です。
  • 天高市神社
    事代主

    神話の世界では八百万神が集い、会議を行った場所は、天安河原とされますが、中には当社の名前である天高市と記されているものもあります。

    曽我川の上流は御所市で天安川神社が何社もありました。
    御所では曽我川が天安河、高天彦神社の鎮座する場所が高天原と伝承されてきました。その天安河に天高市という市が開かれそこで八百万神が集い会議をした、

  • 08/27編集されました
    高越山(こうつさん)は、徳島県吉野川市に位置する山である。標高1,133m。別名「阿波富士」と呼ばれ、地元民からは「オコーツァン」と呼ばれている。四国百名山

    高越神社
    神職は常駐しておりません。
    縁起を記した案内板がありました。・・・神武帝の時、天冨命は天日鷲命の裔孫を率いて肥饒の地を求めて当国に来たり、今の麻植、美馬、三好等の諸郡を開拓し、楮麻の種をまき、並びに荒妙を作り、朝廷に貢進、なほ歴朝の大嘗祭に奉供するを例とした。よってその祖神をこの山に祭り、郷民崇敬して今日に至った。・・・
    ここに言う「天日鷲命の裔孫」が、阿波の開拓者・忌部氏です。阿波・忌部氏は、「麻植の神」とも呼ばれる天日鷲命を氏神としています。

    高越寺の開基は、蔵王権現を感得されたという役行者です。天智天皇の頃と言われています。
    延暦年間には弘法大師が登り来られ、千手観音像を彫って納められたそうです。また一字一石の法華経を山頂に埋められたとも言います。この時、空海28才、と伝わるそうです。
  • 『延喜式神名帳』にも載せられた「阿波国麻殖郡 忌部神社」は名神大社にも列していた由緒正しい神社だったのですが、中世以降、兵火などにより所在が不明となり、近世以降、複数の神社がその式内・忌部神社を主張していました。この山川町にある忌部神社もその1つで、明治7年(1874年)にはこの山川町の忌部神社を式内忌部神社とするという太政官布告がいったんは出された神社でした。しかし、その後も論争が続いたため、結局太政官による妥協策として先ほども訪れた徳島市の眉山中腹の現在地を選定、社殿を竣工して、明治25年(1892年)に遷座したという経緯を持ちます。徳島市の元の地名は名東郡富田浦町。名東郡ですので、厳密なことを言うと『延喜式神名帳』に載せられた「阿波国麻殖郡 忌部神社」とは言い難く、むしろ、旧麻植郡山川町(現・吉野川市山川町)にある忌部神社(山﨑忌部神社)のほうが、式内忌部神社に相応しいとも思えます。

    高越山は近年まで女人禁制の場所だったところだそうで、女人禁制が解かれた今でも、毎年8月18日に行われる十八山会式だけは女人禁制で紫燈大護摩が開かれるのだそうです。平成26年(2014年)12月6日にはこの高越寺の住職とこの寺で働く男性が、寺の近くで雪に閉ざされて遭難し、2人とも亡くなるという事故があったことでも知られています。
  • 美馬

    大嘗祭の際に天皇陛下がお召しになられる麁服(あらたえ)というお衣装を献上するのは、古代から祭祀を司ってきた忌部氏によって執り行われてきました。その忌部氏というのが、この先の穴吹から剣山のほうに入った奥深い山村の木谷平村(こやだいらそん:現在は美馬市木屋平)に屋敷を構える阿波忌部氏直系の三木家です。


    開化天皇は、父である孝元天皇と、母である欝色謎命の末子であり、孝元天皇の妃でもあった伊香色謎命を皇后として娶ります。
     この伊香色謎命を祀る神社は日本唯一阿波国に鎮座する式内社 伊加加志神社(徳島県吉野川市川島町)だけです。詳

     また、開化天皇との間に皇子である御真木入日子印恵命(第10代崇神天皇)をもうけますが、この皇子も伊加加志神社の境内社の「王子宮」にて我国唯一箇所にて祭祀されております。

     伊香色謎命は先代の孝元天皇との間に第一皇子である彦太忍信命をもうけており、孫に後の大物大臣である武内宿禰がお生れになります。

     更に伊香色謎命の父である大綜麻杵命も隣町である鴨島町の瑜伽神社(徳島県吉野川市鴨島町麻植塚)に祭祀されております。
     当地(旧麻植郡)の「麻植塚」の地名は、阿波風土記曰く、「大綜麻杵命と呼びにくき故、麻植津賀(おえづか)、麻植塚と称するならんと云う」と、『麻植郡郷土誌』にあり、大麻綜杵命は阿波忌部族とも記されています。
     その母の名は、高屋阿波良姫。
  • 山崎忌部神社〔旧地/黒岩遺跡〕(やまさきいんべじんじゃ)
    住所 徳島県吉野川市山川町忌部山123(忌部山古墳の住所)
    祭神
    天日鷲翔矢尊
    后神言筥女命
    天太玉尊
    后神此理能賣命
    津咋見命
    長白羽命
    由布洲主命
    衣織比女命
    社格等 式内社 阿波国麻殖郡 忌部神社(名神大 月次新嘗 或号麻殖神 或号天日鷲神)
    御朱印 なし
    駐車場 忌部神社or聖天寺の駐車場を利用
    備考
    応永2年(1384)までは当地・黒岩に鎮座
    忌部山山頂には忌部山古墳(1~5号墳)あり
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