天村雲命

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  • October 2018 編集されました

     天村雲命-天忍人命
       |    |-------天忍男命
       |    |           |----世襲足姫
       |--角屋姫(葛木出石姫)  |----澳津世襲命(尾張連祖)
       |--倭宿禰命(天御蔭命)  |
     伊加里姫               |
     土神剣根命----------賀奈良知姫

     ここに葛木出石姫と云う名が見えます。これについては後述。丹後の天火明命の家系と葛木の剣根命との間から尾張連が出ていることになります。高尾張邑に居た賀奈良知姫の子孫が尾張国へ移住したものということでしょう。

     土神剣根命の「土神」とは葛木に棲む国栖の民、土蜘蛛の民の頭領を云う雰囲気です。
     「土」は朝鮮語で「ヒキ」らしい。日置という地が御所市に残るのも示唆的。

    天村雲命に娶られた伊加里姫は井氷鹿の名で『神武記』に登場します。
     「吉野河の河尻・・より幸行せば尾生ひたる人、井より出で来たりき。その井に光ありき。ここに「汝は誰ぞ」と問ひたまへば、「僕は国つ神、名は井氷鹿(ヰヒカ)と謂ふ」と答へ白しき。こは吉野首等の祖なり。」とあります。吉野には井光神社(イカリ)が鎮座しています。井光神社

     では何故この神が當麻の長尾神社の祭神になっているのでしょうか。長尾街道は吉野・壺坂から当地をで竹内街道と交差、更に北上してから西に折れ、堺につながる街道です。このことから吉野への関心からの勧請と云う説があります。ここでは違う説を建てます。イカリの神は丹後ににに鎮座していました。これは、大三元さんのサイトで分析されている『丹後風土記残欠』に紹介されていました。「伊加里姫社」の祭神だそうです。http://www.dai3gen.net/tango.htm
     現在は舞鶴市公文名の笠水神社となっているようです。

     天村雲命と伊加里姫との間に葛木出石姫が誕生しています。この姫の名は日本海から葛城への流れを現す神と思われます。葛木出石姫の出石は但馬の出石でしょう。かの出石神社には天日矛命の将来した八前の神宝が祭られています。神主家は大和から神宝の検収におもむいた長尾市の子孫です。現在も長尾家です。出石から葛城にやって来た長尾市の子孫が葛城の長尾氏となり、この家の娘が葛木出石姫といえそうです。

     ここに葛城の勢力と丹後、但馬の勢力との連携の姿が見えるようです。系譜の中に倭宿禰命の名も見えます。椎根津彦のこと。長尾市は倭直の祖でもあり、伊加里姫の子に倭宿禰命がいるのもそう云うこと。
  • 忌部繁栄の地である徳島県吉野川市には、式内社 天村雲神社が御鎮座しますが、こちらは妃神とされる伊自波夜比賣命の二座をセットでお祀りしています。
     この伊自波夜比賣命は、大日本神祇誌に「建御名方命の孫にあたる出速雄命の女であり、天村雲命の妃である」と書かれており、大日本地名辞書には「信濃諏訪系に建御名方命の御子出速雄命の女に出速姫命あるは、伊自波夜比売神に由あり」とも記されています。
     その建御名方命は、『先代旧事本紀』「地祇本紀」では、大己貴神が高志沼河姫を娶って生まれた一男が建御名方神であるとしています。

     この建御名方命は、事代主命の異母弟とされており、国譲りの際に唯一それに逆らった神でもあります。

     また父の大己貴命は、自身の兄神が八十神と記す程たくさんいたとは記されておりますが、「記紀」の記載内容によれば確か末子であったはずで、実弟はいなかったはずです。
     その兄弟の中で唯一神名を明記されているのは、国造りの際に義弟となった少名毘古那のみです。
     しかしながら天村雲命は、阿波國「続」風土記によると、大国主命と同神とされる天日鷲命の「弟」と記されています。
     つまり、大国主命(=大年神)の実妹である宇迦之御魂神(=大宜都比賣)と自身の息子である事代主命とが結婚することで、「実息子=義弟」となったと考えますと、「記紀」に大国主命の義弟と記される少名毘古那と事代主命、更には実弟の居ないはずの大国主命の「弟」は例外なく「義弟」ですので、少名毘古那=事代主命=天村雲命である説が浮上します。
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