天之御影神、国忍富命

December 2018 編集されました カテゴリ: 出雲
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スサノオの五世孫であるとされる天之冬衣神が刺国若比売との間に儲けた子が大国主神で、このカミサマには葦原色許男神…

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  • 富神社

    由緒 出雲国風土記には出雲社とある古社となる。御祭神の八束水臣津野命が国引きの大仕事の後、神名火山の嶺より地理を見て、「八雲立つ云々」と詔して富神社の場所に来て鎮座されたと云う。それより此処を出雲郷と称した。霊亀元年(715年)、出雲国造出雲治郎信正の三男出雲信俊がこの里に分家、御祭神・合祀祭神を以って富大明神とし、またこの里を富村としたという。
    所在地 (〒699-0621)島根県出雲市斐川町富村1

    八束水臣津野命(やつかみずおみつぬ)
    天之冬衣命(あめのふゆぎぬ)
    [合祀]脚摩乳命/足摩乳命/足名椎命(あしなづち)
    [合祀]手摩乳命/手名椎命(てなづち)
    [合祀]櫛稲田姫命/奇稲田姫命(くしなだひめ)
    [合祀]国忍富神(くにおしとし)
    [合祀]布忍富鳥鳴海神(ぬのおしとみとりなるみ)
    ご祭神について
    八束水臣津野命:須佐之男命の孫神、島引きの鬼神、ダイダラボッチの異名を持つ怪力の持ち主
    天之冬衣命:大国主命の父神
    脚摩乳命/手摩乳命:足と手の神、家庭円満の神、子供を思いやる心をあらわす
    =一組の夫婦神:縁愛系縁結び
    奇稲田姫命:稲田の女神 ※スサノオ神の妻/オオクニヌシの母
    国忍富神:大国主神の孫神、鳥鳴海神の御子神
    布忍富鳥鳴海神:大国主神の子孫
  • 滋賀県蒲生郡の鏡神社
    この社の祭神が天日槍、天津彦根命と天目一箇命の三柱で、南西約8キロ隣接する野洲市三上に鎮座する御上神社の祭神が天津彦根命の子・天之御影命(アメノミカゲ)である

    明治32年『御上神社沿革考』を著した大谷治作は「祭神考證」の冒頭で、

      天之御影命は天津彦根命の御子であり、天目一箇命は同神の別称の一つである
    という。

    天之御影命の子孫には、

    天之御影命--意富伊我都命--彦伊賀都命-(中略)-国忍富命--息長水仍比売(彦坐王の妃)--水穂真若王(安国造の祖)

    という系譜が伝えられている。

    「安(やす・野洲)」の国造 と「息長」との関係を暗示しています。
    つまり彦坐王(ヒコイマス)は九代開化の息子であり、彼の子・山代之大筒木真若王、孫・迦邇米雷王そして彼等の子孫が息長氏本流となり後の応神王朝の核になる訳です。
    そして息長の始祖の位置を与えられた大筒木真若王に冠せられた「山代」の名を山代県主(山代氏、遠祖は天麻比止都禰命)に因むものだと考えられるなら、古代王家と天津彦根命を頂点とする鍛冶金属集団の結びつきが、とても強いものであったことにもなる。
  • 出雲王朝系図
     
    素盞嗚尊─①ヤシマジヌミ─②フハノモジクヌスヌ─③フカブチミズヤレハナ─④オミズヌ─⑤アメノフニギヌ─⑥オオクニヌシ─⑦トリナルミ─⑧クニオシドミ─⑨ハヤミカノタケサハヤジヌミ─⑩ミカヌシ─⑪タヒリキシマルミ─⑫ミロナミ─⑬ヌノシトリナルミ─⑭アメノヒベラオオシナドミ─⑮トオツヤマザキタラシ
  • 志氐神社古墳

    所在地 四日市 大宮町
    所有者 志テイ神社

    解説
    市内に残る唯一の前方後円墳で、4世紀に築造されました。「伊勢名勝志」によると額田連(ぬかたのむらじ)の祖、意富伊我都命(おういがつのみこと)の陵墓と記されています。古墳は、海蔵川と米洗川に挟まれ、西から東に曲折しながら延びる低い丘陵部に位置します。墳丘は、丘陵の東側で南北に低く延びる標高10mほどの台地の東端に、主軸を南北方向にとって築造されています。明治時代に、神社の境内拡張と社務所造営によって前方部が削られ、現在では後円部と北、西側の周濠の一部が残っています。後円部は、東側と南側が道路や建物などによって削り取られていますが、規模は直径30m、高さは5.3mあります。墳丘には葺石があったようです。周濠は、幅4.5m、深さ約2.0mほどあります。後円部の墳頂は、嘉永五年(1852)に発掘され、内行花文鏡(ないこうかもんきょう)、車輪石、勾玉、管玉、小玉が出土しました。
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