毛野氏、上毛野氏

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  • 武内宿禰と日本武尊の記事で直接対象にされているのは
    北陸道と東海道の範囲であり,東山道については武蔵と上野国などが通過地として扱われている
    に過ぎない。それに対して彦狭嶋王では明確に「東山道」が対象とされている。このことは相互
    の間で区分が図られていた可能性を示している。また現地との係わり方では,武内宿禰らは中央
    から一時的に派遣されたのに対して,彦狭嶋王は「東山道十五国」と決められた地域の地方行政
    機構の長官を示す「都督」の官名を帯びていることから,現地拠点を持ち長期に留まるか定着す
    るものと意識されていたことは明らかである。そして死後の逸話は,その拠点として上毛野地域
    が想定されていたことを暗示している。
  • 上毛野君稚子の次に個人名で知られるのは,『紀』天武天皇10年(681)3月に「帝紀」および 「上古諸事」の記定と筆録を命じられた12人の中の大錦下上毛野君三千である。大錦下は26階中 の第9位で,この編纂を命じられた12人の中では皇子・王を除いて最高位であり,三千がこの事
    業で重い立場にあったことが知られる。この三千は8月に死去しており,この編纂事業に実際に 係われたのかは疑問であるが,『紀』撰修につながる事業に上毛野氏が重用されていたことが, 祖先伝承と系譜の収載に大きな意味をもっていたであろうことは想像に難くない。 それは持統天皇5年(692)8月に,18氏にその祖等の墓(纂)記の提出が命じられたが,藤 原・大伴・巨勢氏などの中央有力氏族に混じって上毛野氏が含まれていることは,同氏の祖先系 譜と事績についての記録が国家的にも重要な存在として認識されていたことを物語っている。
  • September 2018 編集されました
    「播磨風土記」の飾磨郡と揖保郡条に

    持統天皇4年(690)頃に播磨国宰に任じられた上野大夫の事績が記載されており,また文武天皇4年(700)10月には直広参上毛野朝臣小足が吉備総領に任じられるなど,地方行政に携わっている者があった。

    近年関東平野の最北端に当たる北群馬郡子持村の白井北中道遺跡で,榛名山ニツ丘噴出のFP層直下から多数の馬蹄の痕跡が発見された。これによって6世紀前期に馬の飼育が行われていたことが確認され,上毛野地域での馬の飼育が奈良時代に突然始まったのではなく,長い伝統をも つものであったことが証明された。
  • 「富士見村誌」(群馬県勢多郡富士見村
    1954年)に、次の記述。

    「原之郷の九十九山に、あれだけの大古
    墳を造ることができた人が、どこに住んで
    いたのか、誰も知りたいところであるが、
    明らかでない。(中略)
    勢多郡には、古墳を造った頃から、上毛
    野氏という豪族が住んでいたようである。
    その住んだ土地は、荒砥村あたりでは
    ないかと、私は思っている。(中略)
    赤城神社は、この豪族が氏神として祀
    ったものらしい。
    この村の古墳も、この一族との関係を考え
    てみる必要はあろう」 
  • 97 左京 皇別   下毛野朝臣 朝臣   崇神天皇皇子豊城入彦命之後也   日本紀合 168
    98 左京 皇別   上毛野朝臣 朝臣 下毛野朝臣同祖 豊城入彦命五世孫多奇波世君之後也 大泊瀬幼武天皇[謚雄略。]御世。努賀君男百尊。為阿女産向聟家犯夜而帰。於応神天皇御陵辺。逢騎馬人相共話語。換馬而別。明日看所換馬。是土馬也。因負姓陵辺君。百尊男徳尊。孫斯羅。謚皇極御世。賜河内山下田。以解文書。為田辺史。宝字称徳孝謙皇帝天平勝宝二年。改賜上毛野公。今上弘仁元年。改賜朝臣姓 続日本紀合 168
    99 左京 皇別   池田朝臣 朝臣 上毛野朝臣同祖 豊城入彦命十世孫佐太公之後也   日本紀合 169
    100 左京 皇別   住吉朝臣 朝臣 上毛野同祖 豊城入彦命五世孫多奇波世君之後也   日本紀賜姓合也。依続日本紀 169
    101 左京 皇別   池原朝臣 朝臣 住吉同氏 住吉同氏。多奇波世君之後也     169
    102 左京 皇別   上毛野坂本朝臣 朝臣 上毛野同祖 豊城入彦命十世孫佐太公之後也   続日本紀合 169
    103 左京 皇別   車持公 公 上毛野朝臣同祖 豊城入彦命八世孫射狭君之後也 雄略天皇御世。供進乗輿。仍賜姓車持公   169
    104 左京 皇別   大網公 公 上毛野朝臣同祖 豊城入彦命六世孫下毛君奈良弟真若君之後也     169
    105 左京 皇別   桑原公 公 上毛野同祖 豊城入彦命五世孫多奇波世君之後也     170
    106 左京 皇別   川合公 公 上毛野同氏 多奇波世君之後也     170
    107 左京 皇別   垂水史 史 上毛野同氏 豊城入彦命孫彦狭島命之後也     170
    108 左京 皇別   商長首 首 上毛野同氏 多奇波世君之後也 三世孫久比。泊瀬部天皇[謚崇峻。]御世。被遣呉国。雑宝物等献於天皇。其中有呉権。天皇勅此物也。久比奏曰。呉国以懸定万物。令為交易。其名云波賀理。天皇勅之。勿令他人同。久比男宗麿。舒明天皇御代。負商長姓也 日本紀漏 170
    109 左京 皇別   吉弥侯部   上毛野朝臣同祖 豊城入彦命六世孫奈良君之後也     170
  • 古事記 編集
    亦、百濟國主照古王、以牡馬壹疋・牝馬壹疋付阿知吉師以貢上。〔此阿知吉師者 阿直史等之祖〕
    現代語訳: また、百済国王の照国王は、牡馬一匹、雌馬一匹を阿知吉師につけて、献上した。


    — 『古事記』中巻, 応神天皇
  • 毛野前代の系譜については、世代などから推定して、磯城県主の支流で彦坐王と同祖とみられる多芸志比古命に出て、その孫が豊城入彦命(能登国造の祖・大入杵命にあたるか)、その子に八綱田命(吉備氏族の祖・彦狭島命と同人)であり、これが御諸別命の父ではないかとみられる。また、八綱田命の兄弟が能美津彦命、その子が能登国造となった彦忍島命(大矢命)か。
      なお、彦狭島命とは吉備下道系の祖たる稚武吉備津彦命と同人であり、毛野は吉備の分流
  • September 2018 編集されました
    吉備 下道氏

    御鋤友耳命の子に御友別命が居ました
    御友別命には、年の近い容姿端麗な妹がおり(兄媛)一目見てホムタワケ命が気に入ってしまったので、尚更、御友別命との親交も深くなっていきました。故あってホムタワケ命が王国の政権を奪取することを目指した際、御友別命は下道氏のみならず、上道氏にも働きかけて全力でホムタワケ命の援助をしたのです。
    ホムタワケ命の政権奪取が成功して天皇になったとき、下道氏は天皇の庇護を受けて最高に栄え、備中の地も潤いました。
    この時点で下道氏は上道氏の上に立ち、吉備氏の本宗としての立場を確立していきます。そして後には吉備氏=下道氏となり、兄・弟の2系統あった家系も元から1本であったように作り替えられていったのです。

    大古墳である造山古墳は応神天皇から称えられた御友別命の廟です。
    また兄媛の廟は足守川をはさんだ北側にある円墳、小盛山古墳です。
    少し南に父の佐古田堂山古墳があります。
  • 左京 皇別   商長首 首 上毛野同氏 多奇波世君之後也 三世孫久比。泊瀬部天皇[謚崇峻。]御世。被遣呉国。雑宝物等献於天皇。其中有呉権。天皇勅此物也。久比奏曰。呉国以懸定万物。令為交易。其名云波賀理。天皇勅之。勿令他人同。久比男宗麿。舒明天皇御代。負商長姓也
  • 美作国は和銅六年(713)、備前守だった百済王南典と同じく備前介・上毛野朝臣堅身(かみつけぬ・あそん・かたみ)の上申によって新設された国。現在の岡山県津山市あたりである。
    初代国守には上毛野堅身が就任した。

    東国、群馬周辺をを出自とした毛野(けぬ)氏出身の堅身が陸奥守からこの地に新しい国を造営する主たる人物だったと見られている。(熊倉浩靖2008)

    美作国の前身は『日本書紀』欽明16年(555)に置かれた白猪屯倉だろうとされる。この屯倉は鉄生産に大きくかかわる特殊な屯倉であったと考えられている。備前北部から美作の周辺では「鉄屎(かなくそ=鉄滓)」がいくつも発見されている。おそらく5~6世紀にここで確実に製鉄があった例証である。ゆえに白猪屯倉もこのあたりにあった可能性が高い。
  • 美咲町の唐臼古墳のものには装飾紋がある。
    「唐臼1号墳は横穴式石室で、その内部に安置されていた亀甲型陶棺。装飾文様は白色顔料で蕨手状の文様や円文内部に不整形円文を描くなど非常に珍しい装飾が施されている。類似例としては奈義町の霊明塚古墳の陶棺が挙げられる。
    この唐臼陶棺は棺身平部の両側に描かれており、″正面感″は意識されていないようである。」

    これらの土師質陶棺はやがて須恵質へと受け継がれていき、古墳の流行が去った後も美作のみで火葬蔵骨器の製作が続いた。
    これはひとえに白猪屯倉の管理にたづさわった百済系渡来人・白猪史膽津(しらいのふひと・いつ)一族の移住によると考えられる。
    この氏族が特定できる理由は、これより前に武蔵国横渟(よこぬ)屯倉設置に際して、その管理にたづさわっていたのが、同じ百済出身渡来人だった壬生吉志(みぶ・きし)が屯倉に定着してから横穴式石室が爆発的に増え始めるからである。(金井塚良一1980)
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